伏見稲荷

久しぶりのブログである。

今回は京都の一大観光名所である伏見稲荷について一筆お付き合い願いたいと思う。

他府県はおろか、ワールドクラスでの認知度を誇る観光名所が京都府には散見される。伏見稲荷大社もその一つである。定期圏内ということと個人的な趣味として伏見稲荷周辺には頻繁に訪れるのだが、その度に中韓の方々の多さに驚かされる。まるで私1人だけが浮いているような、疎外感を感じるような、そういった寂寥感がそこはかとなく湧いてくるのである。往々にして、私は早朝や深夜の伏見稲荷に訪れるのだが、そういった背景があるということを読者諸兄には知っておいてほしい。 (友達がいないからではない)

しかしこの伏見稲荷大社、夜になるとその性格を豹変させる。冬の早朝や深夜に訪れると昼間の蒸せ返るような喧騒は息を潜め、逆に静寂とインクを零したような闇が辺りを包む。言いようのない恐怖、背筋が凍るような寒さ、未知への期待こそが本来私が心の内で求めていたものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。(もっぱら、理解はされ難いと自分でも思うが)

夜の千本鳥居は暗闇の中に鳥居と行燈が浮かんでいるようで、歩を進める度に別の世界へと誘われているような感覚に陥る。なぜか、この形容しがたい恐怖感、暗闇に引きずりこまれそうな不安感こそが、唯一安心できる一瞬の刹那なのであった。

夏場には宵宮という地元のお祭りも開催される。話の腰を折るようで申し訳ないのだが、私はあまりこの喧騒が好きではない。綿菓子、たこ焼き、金魚すくい、りんご飴。祭りの雰囲気を楽しむのは好きなのだが喧騒が嫌いとは、なんたる矛盾なのだろうか!自分でも思わず頬を緩めてしまう。しかし毎年参加してしまうあたり、私も単純なのだと感じるのである。

閑話休題伏見稲荷は個人的な愛着を抜きにしても、訪れて損はない観光名所だと思う。他府県から訪れる諸兄はぜひ参考にされたし。