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名古屋という都市

今日は朝から電車で名古屋に向かった。

目的は特に無い。雰囲気を楽しむ為である。

私は大阪に住んでいる(と言っても都心からは離れている)のだが、名古屋の駅前の雑踏と聳え立つビル群には毎回驚かされる。ところがメインストリートから一本奥へ入ると、途端に裏寂れたような、寂寥とした街並みへと名古屋は姿を変える。大抵の人間は口を揃えて「寂れてるなぁ」「名古屋もまだまだ」と口にするが、私はあまりそうは思わない。と言うのも、よく目を凝らして見ると雰囲気の良さそうな純喫茶や昔ながらの定食屋が軒を連ね、中は常連らしき客で賑わっている。こういった喫茶店を少しずつ開拓していくのも、存外悪くないと思ったのであった。

コンビニ その4

コンビニとは、えてして便利なものである。

語源自体がそういった意味を持つのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。しかし人がコンビニに赴く理由とは、多岐にわたると思う。それは買い物であったり、待ち合わせであったり、タバコ休憩であったり、睡眠であったり。しかし私がコンビニに求めるのは、雰囲気なのである。例を挙げると、ど田舎の山道にぽつんと佇む一件のコンビニ。冬の早朝の、誰もいないようなコンビニ。こういった独特の雰囲気(共感されにくいとは思うが)のコンビニが、とてつもなく愛おしいのである。踏まえて、往々にして私はコンビニを目的地としとツーリングに出かけることがある。そこで紫煙を燻らしながら缶コーヒーを啜るのが、凡百の大学生には全く理解され難いであろう、私の青春なのであった。

コンビニ その3

山道を抜け、大きな国道まで出てみたが、道中にコンビニがあった記憶は無い。「見落としたか...?」確認のため、元来た道を通って帰路につくことにした。しかし、いくら走れどもコンビニどころか、立っていたであろう跡地すら見つからない。時刻は既に夕暮れ。吐く息はすでに白い。帰路につく途中、ヘルメットの中でモヤモヤした感情がわいてくる。「ルートはこっちであってるはずだよな。潰れて更地にでもなったか?」しばらく山道を走ってると、地元の人らしき男性が路上の薪を軽トラに積んでいるのを見かけた。「すいません、ここらにコンビニってないですか?ちょっとトイレに行きたくて...」ヘルメットのシールドを開けて、男性に話しかける。男性は少し考え込むように視線を泳がせたあと、「このあたりには無いなぁ。もっと向こうのおっきぃ国道まで出たら、ローソンなんかがあったと思うよ」「一昨年くらいに通ったときは、ここら辺にあったと思うんですけど...サークルKとか」「サークルK?ここら辺には無いよ〜、この道は何年も前から通ってるけど、サークルKがあった記憶はないなぁ」



背筋がゾッとした。

コンビニ その2

そして今年の2月頭、免停も終わったことだしどこへ行こうと悩んでいると、ふと件のコンビニを思い出す。暗かったのでどの道を通ったかは覚えてないが、大体の予想はつくだろうと思い目的地のコンビニあたりまで単車を走らせた。...しかしおかしい。大体の位置は把握しているつもりだったが、いつまで経っても件のコンビニが見えてこない。伊勢から奈良まで抜けるルートの数は大して多くない。ストリートビューとグーグルマップで手当たり次第に該当するであろうルート上にあるコンビニを検索する。しかし、いくら探せども該当するコンビニは姿を見せない。幸い、一昨年に自分が通ったであろうルートを見つけ、その道をたどってみることにした。

コンビニ その1

あれは一昨年の冬の夜、友達と伊勢に行った帰り道。高速代をケチって迂回路の山道を1人帰ってた俺は、街灯すらない山道にひっそりと佇むサークルKサンクスを見かけた。「周りに民家とかも無いし、商売していけるのか?」思いながらも寒かったのでバイクを停め、コーヒーで暖でも取ろうと店の中に入ったが、案の定全く他のお客がいない。どころか、レジに店員もいない。まぁそのうち出てくるだろうと特に気にせず暖かいコーナーの缶コーヒーを一つ手に取り、レジへと向かう。「...らっしゃいませ。」生気の無い初老の男性がレジの奥の扉から姿をあらわす。お金を払い店を出た。寒い。12月とは言え冬の夜、奈良の山場の気温は氷点下に近づくこともある。缶コーヒーなぞ気休め程度にしかならないことを知りながら、束の間の温もりに生を感じる。「よし、行くか。」暖かくなったらまた来ようと思いながら、俺は帰路へと単車を走らせた。